沿革

明治41年2月12日 埼玉県告示第64号を以って埼玉県歯科医師会が設立されました。
大正15年3月17日 勅令第14号を以って歯科医師会令が公布され、第1次改革が行われました。
大正15年9月1日 設立総会を以って埼玉県歯科医師会が発足しました。
昭和10年1月19日 第13回臨時総会において会則を改正し、8支部の設置について承認されました。支部は北足立・入間・比企・秩父・児玉・大里・北埼玉・東部となりました。
昭和17年4月18日 第2次世界大戦による戦力増強の目的で、国民医療法が公布され、それに伴い第2次改組が行われました。昭和17年4月18日設立総会を以って埼玉県歯科医師会が設立しました。
昭和18年7月16日 本会の独自の事務所が浦和市仲町5丁目19番地に完成しました。
昭和22年11月16日 昭和17年に制定された国民医療法に基づく歯科医師会は解散となり、戦後、新たに第3次改組が行われました。昭和22年11月16日に設立総会を開催し、戦後の社団法人埼玉県歯科医師会が設立されました。支部は14支部で浦和市・川口市・大宮市・川越市・熊谷市・北足立北部・北足立南部・入間郡・比企郡・秩父郡・児玉郡・大里郡・北埼玉郡・埼葛となりました。
昭和28年12月1日 昭和28年10月20日の支部長会議において埼玉県歯科医師政治連盟(現、埼玉県歯科医師連盟)の設立が提案され、昭和28年12月1日に設立されました。
昭和33年12月1日 国民健康保険法が成立され、国民皆保険制度となり、特別国保組合として歯科医師国保組合が設立されました。
昭和36年2月25日 現在の衛生会館が、浦和保健所、埼玉県医師会、埼玉県薬剤師会との合築により完成しました。
昭和40年4月1日 蕨戸田歯科医師会が独立し、郡市歯科医師会が15郡市となりました。
昭和47年4月1日 与野市歯科医師会・朝霞地区歯科医師会が独立し、郡市歯科医師会は16郡市となりました。会員数は1,000名を超えました。
昭和59年4月2日 労働保険の事務手続きを代行するため、埼玉県歯科医師会労働保険事務組合を設立しました。
平成4年4月1日 有限会社埼玉デンタルを設立しました。所沢市歯科医師会が独立し、郡市歯科医師会は17郡市となりました。会員数は2,000名を超えました。
平成6年9月1日 埼玉県歯科医師会別館が完成しました。
平成7年2月1日 平成6年12月1日に第50回臨時総会を開催し、定款の全部変更の件を上程した結果、会員の承認を得て、民法38条第2項の規定により平成7年2月1日付けで新定款が認可されました。
平成7年4月1日 越谷市歯科医師会・東埼玉歯科医師会が独立し、郡市歯科医師会は19郡市となりました。会員数は2,300名を超えました。
平成8年10月 埼歯シンボルマークを全国からの応募165点より選定しました。
平成8年12月8日 「彩の国歯の祭典’96」を大宮ソニックシティで開催しました。
平成8年12月12日 「埼玉県障害者歯科相談医」が県知事より指定(43名)されました。
平成9年6月 埼玉県職員歯科検診が開始されました。
平成9年9月7日 「彩の国歯の祭典’97」を川越市民会館で開催しました。
平成9年10月16日 埼歯ホームページが開設されました。
平成9年11月15日 埼歯が当番県となし、第18回全国歯科保健大会を大宮ソニックシティで開催しました。
平成10年10月17日 「埼玉県歯科医師会創立90周年記念式典」、「彩の国歯の祭典’98」を大宮ソニックシティで開催しました
平成11年10月17日 「彩の国歯の祭典’99」を熊谷市文化創造館さくらめいとで開催しました。
平成12年10月1日 「彩の国歯の祭典’2000」を浦和市文化センターで開催しました。
平成13年3月28日 浦和市針ヶ谷4-2-65彩の国すこやかプラザ5階に「埼玉県歯科医師会事務所」が移転しました。
平成13年4月3日 浦和市針ヶ谷4-2-65彩の国すこやかプラザ4階に「埼玉県歯科医師会口腔保健センター」を開設しました。
平成13年10月14日 「彩の国歯の祭典’2001」を彩の国すこやかプラザで開催しました。
平成25年4月1日 埼玉県歯科医師会が一般社団法人になりました。